恋のはじまり 1




朝起きて。仕事へ行って。帰って来て。
そんな、いつもと変わらない毎日を過ごす。
ただ、以前と違うのは―――彼と交わす甘い時間だけ。




それはあくまで理想でしかないと気付いたのは、彼に想いを告げたほんの翌日だった。
自分には自分の、彼には彼の本分というものがあり、それを嫌だと口に出すことができるほど互いにバカでもないし、ましてやそれが許されるほど 子供でもない。
最近は忙しくて、家に着くのは早くとも日付が変わった後。電話など出来るはずもなく。
そんな訳でここ一週間、彼に会うことはもちろん、声すら聞けない状態なのだ。
メールでやりとりするメッセージはまだ探りあいのようで。彼は決して本音を出さないだろうなと思う。

はぁ……今日中になんとかしなければならない書類を前に深く大きな溜め息をつく。 あれから一週間も経っているというのに俺と彼の関係は顔見知り→知り合い程度にしか発展していない気がする。
互いの気持ちを確認したとはいえ、毎日こんなすれ違いが続いてはそれも心もとないものにしか思えない。
自分の想いは大きくなることはあれど、決して消えるものではないと確信できるが、相手の気持ちはどうなのか不安でしかたない。 彼もこんな風に不安になってくれているのかさえ怪しいと思ってしまうのだった。

難航していたプロジェクトがやっと軌道に乗り、一息つけるようになったそれからまた一週間も経った頃だった。 休日返上で出勤していたので久しぶりの休みだ。
体は家で泥のように眠りたいと訴えているが、心は彼が足りずに枯渇してしまいそうだ。
メールでやっと休めることと、今夜電話する旨を伝える。 伝えるというよりも許可を請うと言ったほうがいいだろうか、まだ彼の都合を省みずに電話すると断言できるほど自分に自信がない。
しばらくして、おそらくバイトが終わったのだろう。 OK。お疲れさん。 という彼らしいメールが届いた。
簡素ではあるが、彼の心がこもったものだというのが俺にはわかる。まだ電車の中だというのに思わずにやけてしまう自分に気付きながらも 緩む頬を引き締めるのは難しかった。

自宅に帰り冷蔵庫からビールを取り出して携帯電話をテーブルに置く。
彼に電話を掛けるのは実はこれが初めてだ。あの日番号を交換した後に、心配なので家に着いたら電話をしてほしいと言って掛けて貰ったことはあった。 彼がちょっと震える声で『なんだか緊張してるんだけど』と笑いながら言っていたのを思い出す。 確かに顔を見合わせて話すのとはまた別な感覚があり、恋を知ったばかりの少年のように携帯電話を持つ手が汗ばんでいるのに苦笑する。 メモリーから彼の番号を出して通話を押し、呼び出し音の機械的な音を聞くとさらに緊張が高まるような気がした。
プルル…  6度目のコール。
なかなか出ないことに不安を覚え始めたころ、『…はい』という彼の声が応えた。
その一言だけでカラカラに渇いていた体の隅々まで水が滲み込んでいくような感覚に震えが走る。
「こんばんは、高耶さん。元気でしたか?」

電話があまり得意ではない彼との話はそれから10分程度の短い時間ではあったが、俺はの声がもたらす甘い痺れの余韻に酔いしれた。

明日は彼とドライブに行く。


<さめコメ>
初々しい直江さん(うわ、どうなんだろコレって響きですね)。今までヒマしてたツケが回ってきて急に忙しくなる直江。笑
それにしても絶対高耶さんは電話苦手だと思う。いや、苦手であってほしい(なんの願望だ)
ちなみにタイトルはまたもやスピッツの曲から。次回は高耶さん視点の予定です。

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