上越紀行レポ
ひさびさにレポートなんぞを書くのでどうなるかはてさてですが、まぁいつもどおり徒然方式です。
ゴールデンウィークはどうするか…とりあえず東北から脱出せよ!の号令の元、どこへ行くかを検討していた私とその相方…
『上越行きたい…』という相方の一言で5月3日、奇しくもあの男の誕生日に謙信公縁の地へ行くことになりました。
ちなみに相方は歴史好き(今回初めて知った)であり、『天地人』やるからその前に行っとけと思ったらしいです。
そっちの直江もすごいけど、信綱の方もすごいんだよ、いろんな意味で…と心の中で言っておきました。
行き先が決まったのは5月に入ってからでして、もちろん宿なんて取ってねぇ!!
というわけで、何が何でも日帰るぞという合言葉を胸に今回の旅は始まったのでした。
2日に相方の住む山形へ行き一泊。
そして迎えた3日、5時出発のため4時起きです。
あー目が開かねぇええ!
頑張ったんだけど結局準備が終わって出発したのは5時半でした。
早くも危うい計画表。
めずらしくさめが出かけるというのに晴天でした。それだけでもテンション上がります。
ここからはひたすら車で新潟を目指すのみ。
助手席では寝てはいけない決まりが(さめの中で)あるので車中カラオケで頑張りました。
喉が嗄れた気がするけど気のせいだよきっと。
<中略(け、決して寝ていたから中略なわけでは…ッ!)>
なんだかんだで5時間程で上越入り!
さぁさぁ行きましょう春日山!
ナビは私(わたくし)めにお任せを!と言いつつ地図をぐるぐる回しながら見るさめ。(不安)
まぁ上越ICから程近い場所にあり、看板も出てるのでるので迷うことなく春日山神社へと到着です。
神社入り口では謙信公がお出迎えしてくれます。
おおお…義父上…神々しい…でもなんだか少しぽっちゃり気味に感じますッ!
『さめよ、よく来た』と歓迎して下さる謙信公。
心の中で『むむむ息子さんをさめに下さい!!!(どもるな)』と言ったら快く了承して頂いたので、高耶さんは私のものです。(妄想)
とりあえず周りの人と同様に写メっとく。
アイドル並みにみんなに写メを撮られる義父上。
その後春日山神社にお参りしました。
(さめ代理=パー)
賽銭を100円にするか10円にするかで悩む相方。ケチくせぇな。
もちろん私は100円ですよ。(そんなに偉そうに言う金額でもない)
そして春日山城跡めぐりですが、その名の通り山自体が城だったわけで…(城って大概そういうもんでしょうか)当然本丸は頂上にあるのでプチ登山です。
スニーカーで来て良かった。
ーーーーー3分後
ぜぇぜぇはぁはぁ…
何しにきたんだっけ私。
運動不足を実感する私。しかも気温が高くて暑いから余計疲れる。
車からお茶持ってきといて良かった。
そしてまずは三の丸、つーか私にとってはメインイベントの三郎景虎屋敷跡でございます!
今ではその面影も残っていませんが、ここで景虎様が寝起きしていたのですね…
ハァハァと先ほどとは違う荒い息が出そうになります(やめろ)
『(景虎)公を慕って屋敷跡を訪れる人も多く〜』の下りでびくついてしまう私は隠れミラジェンヌ…(笑)
多少疲れてて看板説明をあんまり読んでなかったので『今も道が残ってる』とか言われてもどこにあったか全然覚えてない。
逆になんもねーー!と思ってました。すいません
景虎様に想いを馳せた次は二の丸です。
つーかもっと全体的に写真撮らないとどんな感じかさっぱりわからんじゃないか、自分。
(同じように石の棒しか写ってない状態の写真がこの他に5,6枚あります)
気になる人は春日山に行って見ましょう。
三の丸に比べて木がなく、開けていました。
井戸らしき穴。この写真ではよく見えませんが蛙がプカーーーと浮いてました。
生きてるのか死んでるのか…微動だにしない。
さらに上へと進むと天守閣と本丸です。
本丸からの眺望。
謙信公もここから町を眺めていたんでしょうか。
ちなみにここに着く頃には汗だくでした。
当時の人たちはこんなに疲れなかったのかしら…つーか謙信公は歩いて上り下りしてたのかなぁ…
頂上の本丸から下っていくと護摩堂跡と諏訪堂跡があり、その先に毘沙門堂があります。
やっと建物があってちょっと浮かれるさめ。
ここで戦の前とかにお祈り(?)してたんですね〜。
お花畑を抜けて(薬草や、供えるための花などを育てていた場所で、今は花畑ではありません)行くと今回の第二の目的、直江屋敷跡です!!
あーこんなとこにあの男は住んでいたのか〜〜。
よもや400余年の歳月の後にこんな小娘に『あの男』呼ばわりされるとは思いもしなかっただろう。
ちなみに直江信綱は会話に変な横文字を使うことでよく知られています。
私は必ずしも・・・ミゼラブルだとは思いません
上の看板にはには兼続のことしか書いてませんが…
こっちにはちゃんと信くんの名前があるよ!
三の丸から歩いてちょっとなんですよね〜。当時実際に二人は出逢ったことがあったんだろうか??
当時直江もこの空気を吸っていたのかと思うと…じーん。
感慨に耽っているのに隣では相方が兼続がどんなかとか説明していました。
戦国無双2(ゲーム)とかやってるので私だって大体知ってるってーの!墓参りも行ったっつーの!
直江屋敷跡を見た後はもう用は済んだとばかりにさっさか下りていきます。
ナントカって花がたくさん咲いていてキレイでした。(そのくせ花の名前も覚えてない)
一周して戻ると春日山神社の裏手にでます。
軽い運動の後は売店で売っている『コシヒカリソフト』を食す。
米粒っぽいのが入ってます。多分これがコシヒカリ。
その後売店の隣にある資料館に入ったのはいいのですが、なんかくしゃみが止まらないんですけどッ!
何かいる…?(笑)
ちなみに上杉資料館と小川未明資料館があるのですが、小川未明資料館はカメムシがぶんぶん飛んでいたので見ないでしまいました。
あ、なんで小川未明資料館があるかというと、上杉謙信公を祭神とした春日山神社を創建したのが小川未明の父、小川澄晴なのです。
神社入り口のお土産屋さんでご当地キティ義父上バージョンを購入☆
直江兼続バージョンのもあったのですが、これが一番かわいかったので…。
ちなみにここの土産屋には直高と高坂の色紙??みたいのがあって見つけた瞬間理由もなく焦りました。
アレ何とか聞かれなくてほんっと良かった。聞かれてたら相当挙動不審になる自信がある。
続いて林泉寺へ〜♪
春日山と林泉寺はほんと目と鼻の先くらい近い場所にあります(車だからそう感じるだけかも知れないけど)。
受付所にて拝観料を払い中へ…すぐに見えてくる山門は大正時代に再建されたものですが(謙信公建立のものは江戸末の地震で消失)その荘厳な様は今も変わりません。
まぁ私たちの少ない語彙では『すげーーーでけーー』くらいしか言えないわけですが。(ひどすぎるだろう)
この写真じゃ全然わかりませんが、上の屋根(って言っていいの?)の下に謙信公直筆の大額「春日山」が掲げられています。
裏にも同じように「第一義」というのがある。
本堂。
こちらは平成9年に開創500年を記念して建立されたので比較的新しい。
その左手にある道を進んで行くと墓所になります。
※さすがにお墓を写真に撮るのは不謹慎な気がするので控えました。
川中島戦死者供養塔があり、その隣に謙信公のお墓があります。
川中島の合戦ではそれぞれ上杉軍3400余、武田軍4600余もの人が戦死されたそうです。
供養塔とお墓(謙信公・長尾為景公・長尾能景公)にお参りをして…厳かな気持ちになったと思いきや
『お墓の形がおでんみたいだよね…』
だめだコイツら。
本堂右手にある宝物館には軍旗や甲冑や手紙などが展示されています。
彼らが実際に書いたり触ったりした品物を見れるのってすごいよね、とちょっと感動。
しかし生前中に描かれた唯一の謙信公の肖像画を見ては『もっとイケメンに描けばいいのに』とか、直筆の手紙(行書で何書いてあるかさっぱしわからない)見ては『これヨーグルトって書いてある気がする』とかほんとバカ丸出しなのであった。
つーかヨーグルトなんて誰が書くんだよ。
そして某大河の謙信公のポスターがたくさんあった…笑
そして林泉寺を後にし、車中でお昼どうする〜とか言ってる段階になって『惣門(謙信公によって春日山城から移築された門。多分これは当時のもの…)』を見てこなかったことを知る二人。
事前調査と詰めの甘さが光り輝く上越紀行でした。
なんという〆…。
もしかしたら追記とか改稿とかあるかも知れませんが今回はこんな感じでアップします。
相変わらずまとまりない文章ですが、新潟いいところでした。
みなさまもぜひ実際に行って、見たり感じたりしてみて下さい。
あ、新潟市で食べた寿司がうまかったよ。
2008.5.11 さめ
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