いつかどこかで




「あの子は元気?」
「ああ。」
このところいつも交わす会話を挨拶代わりにして、直江は横たわる晴家の傍に腰を下ろした。
晴家の宿体は、もう98歳という高齢の女性だった。
直江は橘の宿体はとうに亡くなり、現在は、まだ大学生でもおかしくない年齢の青年の姿だった。
「おそらく今日よ…」
その一言で晴家が何を言いたいかを悟った直江はただ、そうか、とだけ返事をした。

この宿体は今まさに死せんとしていた。
決してどこかを悪くしたわけでもなく、加齢による死だというのが今の世では珍しいとさえ思った。
そしてこの宿体とともに、柿崎晴家としての人生も終わりを告げようとしている。
換生しようと思えばまだまだ生きることができる魂ではあったが、晴家はこれを最期と決めているようだった。
看取るのは直江。長秀はどこにいるのやらここ5年ほど音信不通だった。
晴家は、自分が―――柿崎晴家の魂が―――死を迎えることを、不思議と怖いとも、悲しいとも思わなかった。
ただ、今思い浮かぶのは、これまで歩んできた道程。夜叉衆として生きてきた日々だった。
辛いことの方が多かったようにも思うが、なぜか具体的な辛い思い出は心に浮かばず、皆で笑い合っている様子だけが記憶を支配していた。
「不思議だわ…あんなに追いかけ続けてたというのに、慎太郎さんとの思い出よりもあんたたちとのことが思い浮かぶなんて」
晴家はそのことを本当に不思議そうに呟く。
「過ごした時間の長さの問題じゃないのか」
晴家は直江を見ることなく、ずっと天井を見つめていたが、今直江がちょっと困ったような笑顔を浮かべていることがわかった。
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない…なんにしろ、鬱陶しいことだわ…」
ふふ、と笑いながら軽口を叩くその姿は、死がそこまで迫っている者のようには思えなかった。

ふ…と、空気が動いたような気がして直江と晴家は同時に同じ方向を見遣った。

「よお、久しぶり」
相変わらずの飄々とした様子で、長秀がそこに立っていた。
「長秀…」
直江は驚いたように長秀を見つめていたが、晴家は何かを悟っていたかのように、にっこりと笑いかけた。
「お年寄りは私だけ?」
長秀の今生、25、6歳くらいの若者の姿を見てそう言うと、また視線を天井に戻した。
「たまには老人に孝行でもしてやろうかと思ってよ。」
そんな風に言いながらも、その瞳には淋しさがにじみ出ているような気がしたのは、直江の気のせいだっただろうか。
「こんないい女とはなかなか出会えないんだから、もっと頻繁に孝行しなさいよ」
晴家も、長秀が来たことを喜んでいるようだった。
「大将は元気か」
「ああ。」
「なんだよ、案外しぶといな…まぁ、アイツならそんなんもありかもな…」



しばしの間、懐かしい思い出話をしていた三人だったが、ふいに会話が途切れ、沈黙がその場を支配した。
だが、決して気まずい空気はなく、むしろ言葉に表さなくとも良いその雰囲気を皆で楽しんでいるような気配さえあった。

直江が晴家を見ると、静かに微笑みながら目を閉じ、涙を流していた。
音もなく流れるそれを止めようともせず、晴家は最期の言葉を振り絞ろうとしているのがわかった。
「あたし…あんたたちのことなんか…大ッ嫌いだったわ…」

「いつも世話は焼けるし、勝手だし、何百年生きても心は大人になんないし…」

「何度調伏してやろうかと思ったことか」

そこで目を伏せて、深呼吸するかのように深く息を吸う。

「でも、あんたたちがいなきゃあたしはここまで歩いて来れなかった…例え景虎がいてもね」

「直江のバカ正直にしか生きれないとことか、長秀のいつも本気じゃないふりして本心を隠すとことか…大好きよ…」

「次の人生で、慎太郎さんに会うよりもあんたたちに会わなきゃ気がすまない気がするくらいね」

「例え浄化してあたしの記憶が無くなっても、多分あたしはあんたたちのことを見つけられる…ううん、見つけてみせる自信があるわ」

「だから…」

そこで晴家の言葉は途切れた。

呼吸がだんだんと弱まっていく。

直江も長秀も何も言わず、ただ彼女の最期の言葉を待った。

一瞬、はっきりと目を開き、二人を見つめて言った。

「・・・・・ ・・・」

そしてまた瞳を閉じると、二度と二人を見ることはなかった。


「おまえ、これからどうすんだ」
「どうする、とは」
長秀の質問に、直江は質問で返した。
「景虎いねぇのに、まだ生きるのか」
長秀はわかっていたらしい。直江の中にもう景虎の欠片もないことに。
「生きる」
直江は迷うことなく答えた。
「この心が…魂が…想いが朽ち果てて無くなるまで」
直江も長秀も視線を逸らさずに向かい合う。
直江は生きるだろう。その言葉どおりに。
その先に何があるのかなど、直江自身にもわからないだろうが。
「そうか」
長秀はそれ以上何も言わず、晴家と同じセリフを残し、その場を後にした。
「ああ。」
直江はいつものように一言返事をするだけにした。


『ありがとう…またね…』



<さめコメ>
突如思い浮かんだ晴家の最期。
何度浄化しようとも、絶対出会ったらわかると思う。
直江は生き続けると書きましたが、この先のことは私には想像できません。
そして幸せの形はイロイロあるのでしょうが、私にはまだわかりません。
生きてるうちに理解できる日が来るのだろうか。
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