ふ・・・と、それまで朦朧としていた高坂の意識がはっきりした。
『・・・ここは・・』
この場所が、何と呼ばれるところか、またどうしてここに自分がいるのかもわからない。
一つ分かるのは、自分が五百枝王の意識のまま存在しているということ。
何故私は浄化していないのか・・1200年間を生き続けるに至った大義はもうないはず。
それともあまり長い時を換生して過ごしたせいで、浄化の仕方も忘れてしまったのだろうか?
『私にはまだ何かすべきことがあるというのだろうか・・・』
何か、高坂の中にチクリと胸を刺す記憶があった。
切ないほどに求めてしまう・・・
『あぁ・・・そうか』 直江をいじめなければ!
そう、なんと高坂は直江をいじめるためだけに残ったのだ。
それはまさに無意識の意識。
400年間、直江が景虎を求めて止まなかったように、高坂もまた直江イジメを求めていたのだ。
そうとわかれば早速いじめに行かなければ!
が、あの宿体は柿崎にやってしまった・・・
『チッ!あの宿体は透き通るほどの白い肌と血のように赤い唇、濡れたように艶やかな漆黒の髪が、
黒いタンクトップと白いトレンチコート(そして白いハンカチ)によく映えるから気に入っていたと言うに!』
しかも何故よりによってあの夜叉衆一繊細とはかけ離れたヤツに譲ってしまったのか・・
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。要はこれからどうするか、だ。
『・・・・・・・・・奪うか・・』
少し時間は戻ってこちら、病院でやっと意識が戻った新井公彦こと、柿崎晴家。
彼女(宿体は男だが)は景虎の魂が消えてしまうことにショックを受けつつも、前を見据えた直江を今生の続く限り見守っていこうと決めていた。
「それにしても高坂があんなにも重い目的のために生き続けていたなんて・・・」
直江は背を向けていた晴家の方を振り返って尋ねる。
「あいつの意識はもう感じないか?」
言われて晴家は神経を集中させるが、そのころの高坂にはまだ意識がない。
首を横に振る。
「そうか・・・あいつも生きる目的は果たしたわけだからな。もう浄化したんだとしても不思議はない」
「そうね・・・この体に入っているのが我ながらなんだか不気味だけど」
そう言ってクスクス笑っている。
そんな晴家の姿に安堵したように、柔らかく微笑む。
「だいぶ落ち着いたみたいだな。・・・俺は飲み物を買ってくる。何か飲みたいものはあるか?」
こうした穏やかな時間を過ごすのは何年ぶりだろうか。
「そうねぇ・・じゃあウーロン茶お願い」
こんな当たり前のような会話も、今までは交わすことができなかった。
「わかった。だがその顔でその言葉遣いは少し気持ち悪いな・・・妙に似合っているし」
お互い魔王の種に操られた身としてはなおさら感慨深い。
「仕方ないじゃない!・・まぁ他の人の前では200年前思い出して喋るから大丈夫よ。それよりほら、早く買ってきて!」
女言葉で追い立てられて、笑いながら直江は病室をあとにする。
『いた!あそこか!』
お友達(鴉)の情報網と持ち前の尋常でない霊査能力を駆使して、やっとの思いで何もない世界を抜け出し、
己の元宿体を見つけた高坂は、晴家が気付くまもなくその宿体へと侵入した。
「うっ・・・・・!」
『な・・何!?一体何が起こったの!?』
『久しぶりだな上杉の。よもや私を忘れたと言うのではあるまいな・・・』
『!!なななななな!なんで・・・アンタ!』
『ふっ・・浄化したとでも思っていたのか?相変わらずの甘さだな』
『アンタはどこ行ったかわかんないけどおそらく浄化しただろうってのが世間の認識であり一般常識よ!』
『そんなこと知らぬわ。何でもいいから体を寄越さぬか!』
新井公彦の中でそんな攻防が繰り広げられているとも知らずに、のんきな顔をした直江が戻ってきた。
「!晴家!?どうした。苦しいのか!?」
ピクリ・・・と反応すると、なんともゾッとするような笑みを浮かべて直江を見上げた。
「ふっ・・・貴様とはいちいち妙なところで出会うな、直江。これも天の導きというやつか?」
「〜〜〜〜!?」
どうやらひとまずは高坂が勝ったようだった。
晴家は表に出られない二重人格の片割れのように、意識の奥で喚いていた。
「・・・柿崎・・うるさいぞ。たまに表に出してやるから少し黙っておけ」
声の出なくなった直江をよそに、高坂は一人満足そうに体を動かして確かめている。
「な・・・お前、浄化したんじゃなかったのか」
晴家よりは幾分冷静な直江は、なんとか気を取り直した。
「ふ・・おまえをいびるのをこの私がやめられるわけなかろうて・・」
高坂弾正昌信、直江いびりを続けることを今ここに宣言する!とでも言うように胸をはって言い切る。
だがこの直江ももう以前の直江とは違う。
高耶の最期を見届けることによってすべてを超越し、第二の今空海とも言える悟りを開いた者に、怖いものなどないのだ。
「・・・生憎だが、おまえと遊んでいる暇などない。俺にはまだやらなければならないことがある」
そう、高耶が直江に託していった仕事はまだ終わってはいないのだ。
高坂も直江の様子に気がついた。
『なんだこれは。せっかく残ったというのにつまらないではないか!』
晴家は高坂の中で、あんたほんとに直江をいじめるためだけに残ったのね・・・と呆れた声を出した。
こんな直江をいじめても楽しいどころか腹立たしい。
やはり景虎がいてこそ直江の情けな回転度が高まるものだったのだ、と今更ながら悟る。
だが、直江いびりに関しては常に前向き、思い立ったが吉日がモットーな高坂は、二人が思いも寄らないことを言い出す。
「・・・景虎殿を甦らせるぞ!」
『はぁ!?』
直江と晴家は思わずハモったのであった。