高坂は残ると言い張ったが、譲のひと睨みでおとなしくなった。
残された二人は不安と期待と緊張で口を利くことができないでいる。
この張り詰めた神聖な空気を壊してしまうのではないかと恐れてもいるようだった。
ふと、高耶が呼びかける
『直江…』
直江の体が震えていたからだ。
こんなにも近くに愛しい人の体があると言うのに、怖くて触れられない。
しかし、このままでは無為に時間が過ぎてしまうだけだ。
直江は、高耶の声に励まされるように、そっと高耶の体に近付いた。
それはひんやりとしていて、あのときの、だんだんと温もりが消えていく感触を彷彿とさせ、直江は思わずビクリと体を揺らした。
『大丈夫。お前の手でオレを抱きしめてくれよ…』
「高耶さん…」直江は驚いたように目を見開き、そしてそっと高耶の体を抱き起こした。
熟睡した人間の体は重いと言うが、まだ魂の入っていない高耶の体の重みは、直江の腕にずっしりとその存在を証明してくれているようだった。
高耶の頬を左手の甲でそっと撫でる。
そして、最期の瞬間と同じように、その肺に息吹を吹き込むかのごとく口づけた。
しばらくして、それはちょうど直江が高耶に口付けたとき、三人は同時にピクリ、と反応した。
つい数秒前までとは明らかにその場の空気が変わったのがわかった。
暖かい風が、二人のいる方向から吹いてくるのがわかる。
もうそこにはないはずの、あの桜の木と同じ柔らかい気が、確かにそこには感じられた。
先ほどまでの白い頬にはほんのりと赤みが差していて、確かに、この体に命が宿っていることを確信させた。
その睫が震え、ゆっくりと瞼が開くと、漆黒の瞳が直江を見つめた。
血が通いだし、体中に温もりが戻る。
直江は高耶が好きだった柔らかい笑みを浮かべて、言った。
「ありがとう」
高耶もまた、直江の瞳を見つめたまま、
「ありがとう…」
と答えた。
高耶は直江の腕の中で、まるで産声の代わりとでも言うように、静かにありがとう、と繰り返した。
直江は応えるように高耶を抱く腕に力を込める。
二人の頭上には、もうなくなってしまったはずの桜の花びらが舞っていた。
ふと高坂の方をちらりと見る。
「な…!!!」
思わず絶句してしまう。
そこには、この世の終わりかと思うような光景が広がっていた。
高坂の目に、光るものが見えたのだ。
譲は思わず、高坂の目に水分なんてあったのか!!と言うわけのわからないつっこみをしてしまいそうになった。
すると、高坂が、心底嫌そうに、
「おい!私の中でなくでない!!追い出すぞ!!」
と叫ぶ。
『だってぇ〜グスグス…ひぃっく』
どうやら高坂の中にいる晴家が号泣しているらしい。
そこに、千秋の思念波が届いた。
『おい!もうちょいで着くんだが、今の気は…』
どうやら千秋にも高耶の気が感じ取れたらしい。
『な゛がびで〜!!ズビー』
晴家はもう応える余裕もないらしい。
「そろそろ私たちも景虎殿にご対面しようではないか」
高坂が待ちきれぬといった風情ですでに歩き出している。
結局千秋はそこでも放置されることとなった。
『お〜い!なんなんだあいつらぁ!!(怒)』